三日月
「パンをこねるという言葉があるが、果たしてそれはパンなのか?」
「ん?何やら哲学的じゃないか」
「白い粉に砂糖や塩、ドライイーストと呼ばれる生地を膨らませるための材料などを混ぜ、生地をこねたらオーブンで焼き上げます」
「お腹が減ってきたな」
「つまりだ、パンというのはいつからパンになるのか?という話だよ」
「そりゃ、焼き上げた時からじゃないか?」
「じゃあなんだ、我々が作っているのは未完成パンという事か?」
「未完成パンって言うと堅いけど…」
「焼いたら硬くもなるさ」
「完成パンは柔らかいの?」
「いや、未完成パンは柔らかい。だってこねられるんだから」
「完成パンだってこねようと思えばこねられるよ」
「なんだ、理屈こねて」
「こねたら焼くんだよ」
「完成パンを?」
「そう」
「完成パンを焼くとメタ化パンになる」
「メタ化って?」
「要はあれだ、完成パンの上になるって事だよ」
「こねて焼いたら進化するの?」
「そうそう、進化パンって事だ」
「そんなに焼いたら表面がボロボロにならない?」
「それがクロワッサン」
「なるほどね。焼き加減、エクセレント」
「エクセレントじゃないよ、クレッセントだよ」
「誰かにかじられたからあんな形なのかな?」
「作っている最中にお腹がすいて我慢できなかったんだよ」
「そしたらパンが売れなくなっちゃうよ」
「苦労破産という事さ」
「儲けが出ないから店を畳んだんだね」
「店も焼きあがったってな」
「という事は、オーブンの使い過ぎで火事になったのかも」
「引火パンの完成だ」
「つまり、メタ化パン屋?」
「いや、未完成パン屋だったんだろう」
「なるほどね。それにしてもパン屋遠かったね、夜になっちゃったよ」
「さっさと買っていこう」
「あれ?クロワッサン売り切れだ」
「それに何だこの張り紙は」
"今夜は上で売ってます"
「なんだこれ、メタ化クロワッサン?」
「クロワッサンじゃないよ、クレッセントだよ」
「ちぇ、せっかく買いに来たのに」
「仕方ないから帰るしかないな」
「でも、もう帰り真っ暗だよ」
「大丈夫、三日月が出てるから」
「そっかぁ」
(終わり)